夜明けの合氣道








 




 

2004102日土曜日  俺は何か  

 


何年も前に、鬱になったことがある。
原因は、いろいろとある。
それを突詰めれば、自分という人間を完全否定された精神的打撃、または、自分を理解して貰えない辛さに耐えられなかった、と言ってもいい。

何にせよ、休みの日は一日中、布団に包まって過ごしていた。
心が寒いという思い、そして、自分が川底の石になってしまったような重い気分は、これまでの人生で経験したことがなかったものである。

後日、遠くに住む友人の精神科医が、
「久島はあの時、重い鬱やったねぇ。でも、薬も飲まないで
よく治ったねぇ。」
と驚いていた。

私は、
「薬で治るのだったら、もっと早く教えてくれよ。」
と毒づいてみたが、それは本心ではない。
薬を使う対症療法ではゴマカシにしかならず、心の問題は心のあり方でしか解決しないと私は考えていた。
しかしその時は、自分の状態が鬱であるとは全く分からずにいた。だから、そんな考え方をしていたのだろう。

自分がこの状況から立ち直るには、
○客観的に自分がどういう人間であるのかを知り、人間として 自らに足りないであろうものを考え、足りないものを身に付けること。

○「私の名前は久島俊樹です。私はこういう仕事をしています。私は自分の仕事に誇りを持って取組んでいます。」と、世界 のどんなレベルの人に会っても、堂々と自己紹介が出来るようになること。

○自分の仕事が世の中から必要とされ、自分自身が世の中から必要される人間になれること。

という目標設定が必要であると考えた。

自分の心の状態を詳しく探り、自分の心にある「劣等感」とも呼べる部分を洗い出した結果である。

しかしそれだけでは何かが足りず、この程度のことでは、いずれ挫折するのは目に見える。
「俺が何か、が問題である。」
心の中で反芻を続け、分かりそうで分からない状態がしばらく続いた。

休みの日は一日中、布団に包まり「俺はダメな奴だ」と悩み、
月曜になれば会社に行き「このままでいいのか、どうせ俺はダメな奴だし」と悩み、
土曜日になれば合気道の指導に行き、実戦の対応は無理じゃないの?と悩んでいた。
そんな早い一週間が何回か過ぎたころ、「俺は何か」ということの考えに変化が起きた。

「俺は何か」というと、つまり「俺は、生きていても仕方がない人間だ。」ということになる。
生きていても仕方ないなら、死んでしまった方がいいだろうか、と考え、そして
「死ぬのなら、どういう手段にしようか。」
となり、
「どうせ死ぬなら、誰かの為に役に立ちたい。」
と思考が変化した。

「せっかく合気道を学んでいるのだし、コンビニ強盗か何かいたら、いっちょうやってやるか!でも、どうせなら、女性が車に引きずり込まれるような現場で、チンピラどもを躊躇せず叩き潰すのがいいなぁ。過剰防衛どころか、下手したら殺人罪などに問われるかもしれないが、どうせ死ぬなら何でもいい。会社に迷惑をかける?家族に迷惑をかける?うるさい。強姦するような奴は、全員死刑である。自らの欲望の為に、人の人生をメチャクチャにするような奴は、俺がお前の人生を終わりにしてやる。」
と考えた。
そして現実にそれを見かけたら絶対に躊躇せず、それを実行する決意をした。

「負けられない。俺は絶対に負けられない。」

私は鬱状態の間、ずっとサボってきたトレーニングを再開した。
走り込みで苦しくなると、このようなセリフをいつの間にか口にした。

しかし、簡単に言うほど、トレーニングは順調には進まない。
澄み渡る青空を見渡せば、妙にせつなくなり、身体が動かなくなったりした。

「負けられるか!負けられるか!」
と思いながら、ヨタヨタと10分ほど歩いて座り込むこともあった。

「被害者だからといって、その人が善良な人だとは限らないんだよな。殿中松の廊下のようなこともあるし。」
などと考えながら、
「100%悪くない人を守り、100%悪い奴をぶっ倒す、それでいい。」
と思い直したりもした。

そういうことをしながら、生きるということはそういうものだ、という事だと考えるようになってきた。

自分は、こういう思いをしなければ、生きるということを深く考えもせず、自分という人間を真剣に省みることもしなかったであろう。
自分はこういう人間である、と勝手に思い込み、自分がしたいように振舞うことを様々な場面でやりかねなかった。

自分の生き方を貫きながら、しかしそれが周囲に益することであるためには、自分はこれほどまでに悩む必要があり、今の自分は実は幸運に恵まれているいう事に気付かなければいけなかった。

自然とそのように考えた時、鬱状態の間、ずっと続いた下痢も治まった。
時間はかかったし、思考自体は短絡かもしれないが、俺が何か、という問題に決着を着けたのである。

「戦技研」では、他人の為に戦う、助けが必要な人がいたら助ける、という考え方を殊更重視している。
私がそう考えるのは、それが私自身が生まれながらに持っている思考か、自衛官であった父の「皆の幸せを守る為に戦える人間であること」という教えの影響も多少はあるのかもかもしれない。
何にせよ、自分の根本的思考であるのは間違いない。

他人への思いやりが根底にあるから、武道は強い。
私はそう信じている。

あとがき

自分の思考が変化していく過程が、実はどうしても思い出せない。本当にあの時、自分が「死にたい」と思ったのか、今になって考えてみると信じられない。

しかし、私にとっては絶対に必要な経験であったことは間違いない。

 

 

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