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私が6歳の時分、自衛官であった父が癌で他界した。享年39歳。
以後4歳下の妹と私を、母は女手一つで育ててくれた。
母の実家は長崎にあり、兄弟も九州と神戸にしかいない。
東京には父方の親族しかおらず、しかし父の兄弟は父の葬式の折り「お前達の面倒は見たくないから九州の実家に帰れ」と悲しみにと不安に打ちひしがれる母に言い放った。
父の葬式が終わりしばらくしてからのことである。
深夜何時か記憶にないが親子3人が寝静まった頃、酩酊した父の友人が私達の家の玄関に押し掛け、ドアをドンドン叩きながら「奥さん、旦那がいなくなって寂しいだろうから来てやったぞ」という主旨の言葉を喚き散らした。
母はショックであったに違いない。父が生きていた頃は、家族ぐるみの付き合いがあった人である。
私は包丁を取りに台所に行った。
そいつが家に侵入したら容赦なく刺し殺すつもりであった。
家族を守るのは自分の義務であると強く思っていたからだ。
以後、母子家庭で育った私は、女性が社会で自立して生きていくことが、いかに大変なことであるかを間近で見ることになる。
〜 後編へ続く 〜
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