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● 2004年4月20日(火)どんな闇夜も、いつかは明ける
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明けない夜はない、というが。
私にとって合気道の修行とは、闇夜を歩き続けることに似ている。
そして合気道という闇夜は、待つだけでは明けてはくれない。ひたすらに夜明けに向かって、歩き続けねばならない。
次の一歩をどこに踏み出すか、歩き続けた先に何が待ち受けているか、本当にこの方向でいいのだろうか、など様々な思いを抱きながら歩き続ける。
そもそも「夜明け」などあるのか、という思いが何度も脳裏をよぎることもあった。
何より、自分が伝えたいことを伝え切れない、というもどかしさが、いつまで経っても消えない。
例えば「強さ」という言葉の解釈一つについても、私が言っている意味を理解してくれようとする人は、少ない。
本当の強さとは、相手を打ち倒す力だけを言うのではない。
相手を打ち倒す力は、単なる戦闘能力である。戦闘能力など相対的な評価に過ぎず、それだけをもって強い弱いと論じるものではない。
弱いものには強く、強いものは弱く、では意味がないということある。
いまだに、本当の強さとは、こうである!と言い切れない。「本当の強さとは何か」を考え続け、そしてそれが何であるのか説明出来ないのだが「強くなる」ための稽古を続けている。
だから闇夜を歩くに似るのである。
強くなければ、他人に優しくする余裕はない。
そして、優しさは、自分勝手な善意の押し付けとは違う。
自分の欲望とはかけ離れた、理性に基づき相手を思いやる気持ちこそが優しさである。
だから他人に優しくあるために、自分は強くあらねばならない。
強くなければ、自分の弱さと向き合う勇気も持てない。
破れかぶれの自暴自棄は、勇気とは違う。
心臓がばたつき、全身が震え、涙が溢れ、失禁をしてしまうような恐怖の中にあっても、最後まで諦めず、理性で自らをコントロールしようとする意思の力こそが、勇気というものであると私は考える。
強くなることについて、今はそれ位しか言えない。
その程度の人間だから私は闇の中を、夜明けを目指して歩き続ける。
夜明けの合気道はつづく・・・。
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